2017年2月 3日 (金)

「ママセミナー」は開設10周年。結末は、いきものがかりと同じ。

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 私がその主催者・オーナーです。 
 「子育て支援」の社会貢献を、10年続けてきました。越谷レイクタウンで、毎月第2水曜日・午前に開催していた「ママセミナー」です。 
しかも、行政などのサポートがほとんどない中でです。
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   9月18日(土)10周年を派手に祝おうDsc02440_3 と、今隆盛のアドラー心理学の講演会で挑みました。
 今までも、「子育て広場」を掲載という形で応援をしてくれた地元紙は大きく載せてくれました。その上、大手の朝日、サンケイ、埼玉新聞社にも、全部で7紙に載りました。
 
 
 しかし、紙媒体は若い方には届きにくい時代なのか、雨だったせいか、3連休の初日だったという不運も重なり、来場者用のプレゼントに、ママセミナーのロゴ入りクリアーファイルとお菓子を用意したのに・・・・・・・。大部残ってしまいました。
 
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  10周年を一区切りに、ママセミナーは2017年の3月いっぱいでやめることになりました。
 何だか、デビューから10年たって、活動を休止した「いきものがかり」みたいです。
 あちらは、最後のコンサート4日間で10万人も集め、登り切ってやめますが・・・・・。こちらは、スタッフたちの高齢化や資金難もあり、下りきってやめるのが、少し悲しいです。
 
 
 
 今まで、参加してくださった皆さん、ありがとう!
 そして、この10年を支えてくれたスタッフありがとう!
 初代代表の三柴節子さんと、7年間一切の責任をおってママセミナーを運営してくださった佐藤政子代表に、心からお礼を申しあげます。
 
 10年間で、ママセミナーにみえてくださった方は、735名。支えてくれたスタッフは、延べ345名でした。
 ただいま、10年間を記念した小冊子を作製中です。出来たら、希望者には送りますので、ご連絡をください。
 またどこかで、お会いしましょう!  
 
 
 
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2016年10月18日 (火)

熊本・大分地震から4か月の由布院温泉

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熊本・大分地震から4か月後の由布院温泉。
気になって出かけてみる。
 
地震の被害は、それほどでもなかったらしい。
由布院民芸館にある、築150年くらいの庄屋屋敷の建物も無事だったようだ。
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しかし、衝立で一時的に補強してある建物は、入るのに勇気を要した。
商品のお酒やドレッシングなどのビン類は、ほとんで落ちて、割れてしまったようだ。
ただ、夜中の地震だったので、働いておられる方にお怪我がなくて、本当によかった。
 
何もできないので、せめてとガラス製のコップと小さなサラダボールを買う。
 
 
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白馬のシロが引く辻馬車に乗った。ぱかぱかと1時間ほど走る。もちろん、「信号待ち」もする。普通の道では、車の方が、シロが通るまで「シロ待ち」をしてくれる。シロは食用にされてしまう所を、御者の佐藤さんが救い、調教したそうだ。シロは、毎日佐藤さんと暮らしている。
 
 
ゆふいんフローラハウスのはた織機で、マフラーを4時間で編んだ。金鱗湖の側の亀の井ホテの天井桟敷という喫茶店では、福山雅治のようなウェイターに遭遇した。
 
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シンボルの由布岳がどこからでも見える由布院温泉は、小規模の高級旅館がウリだ。ビルでないので、宿泊客は少ない。ので、一人ひとりに作り立てを持ってきてくれる。手がこんだお料理を、暖かいまま食べることができる。
 
 
そのうえ、無色透明のなめらかな温泉、湯加減が最高!。湯出量が全国2位の、豊かな温泉。泊まった彩岳館は、3つの源泉を持つ。入ると、どどっと湯があふれる。正面に由布岳がある宿の露天風呂は、100人は入れるくらい広いのに、ほとんど人がいない。あぁーもう最高!
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高級すぎて、一生行けないと思っていた由布院温泉。今回の地震を受けて国の復興割引で(30,000の補助)行くことができた。
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私の好きなシンガーソングライターの伊勢正三の出身地、温泉県大分(彼は、津久見市出身)は、とてもよい所だった。3泊したのに、帰りたくなくて困った。
そして、地震の被害がたいしたことがなくて、本当によかった。
 
熊本は、10/8に阿蘇山が爆発して、今も大変そうだけれども。
 
 

2016年9月13日 (火)

越谷の湖沿い。ママセミナーの会場代は、草取りだぁ~

 
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 埼玉県の東部、田園地帯が広がるベットタウンの越谷市に湖がある。そんなの「あるわけがないだろう!」とおっしゃるあなた!東洋一の売り場面積をもつ「越谷レイクタウン」はご存知でしょう。
 湖は人工で、別の名を「大相模調整池」と言います。洪水対策のために作られのですが、ときには失敗もします。2015年9月10日の記録的な大雨で、越谷市の一部の地域は冠水してしまいました。

 湖の側に「水辺のまちづくり館」があります。NPO法人越谷カウンセ1201638_3_2 ル「育て支援士」養講座協会によって、子育て広場「ママセミナー」が開設されたのは、 今から6年前のこと。会議室のサイドは全面ガラス張り。ガラスの向こうには、太陽を浴びた湖面が広がっています。もう、まぶしいくらい。 



 ママセミナーのスタートは、2007年、越谷サンシティの会議室・特別応接室でした。隣接する大型スーパのダイエーのお使いの帰りに寄ってもらえればいいなぁーと思い「OYAKO💛応接室」と名付けました。しかし、無料なのに思うように人は来てくれずに、1年2年3年と過ぎていきました。
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  「水辺のまちづくり館」は、会場費がレイク券です。湖の周辺の環境の保全や美化につとめるため、草取りやゴミ拾いをした時間に対して券が発行され、券の数に応じて会場が借りられるシステムです。 
 だから私たちスタッフはママセミナーの後、草取りです。草取りの後は、レイクタウン内のレストランで昼食です。レストランは、風、森、屋外、アウトレットなどに150店舗くらいあり、とても全店制覇はできそうにありません。
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 皆さんも、お手すきのときには、草取りをご一緒しませんか。湖の風が心地よく、アウトドア感を満喫できます。ただし、晴れた陽気のよい季節に限定です。
 
 
 

2016年8月15日 (月)

新潟・酒田・金沢で芸者遊び比べ。

Dscn4623 新潟市花街茶屋(旧齋藤家別邸)で、芸者遊びを体験した。ただ舞を見ているだけかと思ったら、菊乃さん、かほりさんとお座敷遊びをさせてもらえた。酒樽をトトンがトンと叩いて、じゃんけんをする。負けた方が一回転。そして、また勝負。あいこだと両方が回る。3回負けたら、罰でお酒を飲むそうだが、こちらは、次の人と交代だ。 
 
 その一か月後、TVのブラタモリで、タモリが同じことをやっていた。Photo_3 同じことをやっても、私とでは、動きが違う。タモリの低い姿勢を見て欲しい。タモリは、この姿勢で一回転をするので、早い!
 
 
 それに、私は3,000円、28名さんの芸者遊びだったけど、料理屋さんがなんとなく豪華だ。タモリの方は、格式のある料理屋さんと言っていたけど、いくらくらいだったんだろ?
 
  気がのってきた所で、次の日は酒田に行ってみた。こちらは相馬楼で舞娘演舞を見る。舞娘のかれんな踊りにうっとり。こちらは1,000円。料金が安くなるほど、みごとな部屋のしつらえはどうしてなんだろう。畳の半畳は、ますます繁盛するようにからきているそうだ。
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 おまけに、2年前に行った金沢のひがし茶屋街。今も現役のお茶屋・懐華楼。ここには、芸者踊りのサービスはなかったけれど、観光客は多かったなぁー
 
 
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  新潟は、祇園・新橋と並ぶ3大花街。地元企業の応援などもあり、昔を今に引き継いでいるのが嬉しい。芸者になる前の娘を、昔は半玉と言っていたけれど、今は玉代(花代)が同じ額になったので、振袖さん、留袖さんというそうだ。
 
 お茶屋は非日常なので、台所はない。食事は仕出し屋さんからとって出しているそうだ。私には、細身で、ゆったりとした立ち振る舞い、愛嬌のある話しぶり、白く厚塗りしても志村けんのバカ殿さまにならない娘たちが、非日常にみえる。
 
 

2016年4月20日 (水)

2年前に行った熊本の地震。中国の大連で知ったよ。

P1050382_5  熊本へ行ったのは2年前のちょうど今頃。みかん系がとてもおいしかった。井上揚水の歌のような「リバーサイド ホテル」に泊まった。街の中心に熊本城があり、城を取り囲むように市役所などがあった。

 市電が通り、市電に乗って「水前寺公園」に行った。水前寺公園の水が、地震の影響で枯れたそうだ。あんなに豊かだったのに。 想像以上に大きい街で、企業がたくさん進出していて、豊かないい街だった。

 その熊本で、地震があった。第一報は、中国の大連行き(霧の影響で、フライが1時間半遅れ)の飛行機を待つ、成田空港で聞いた。2回目の本震は、大連駅の側の九州国際ホテル(旧ラムダホテル)で、朝食を食べながら新聞を見て知った。

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 日本の地震を海外で知るのは、とても奇妙なものだ。そして、衛星放送で日本のニュースを見る。画面の中の人の顔が、横に広い。  Dscn4095

 19日には、大分県中部地方で震度5強の地震があった。大分県の津久見市は、私の大好きなシンガーソングライターの伊勢正三の出身地だ。そこには、正やんのお母さんが暮らしていると思う。

 今は、何が出来るかわからないけれど、カウンセラーとして私にできることもあるだろう。TVのニュースを見るのが、だんだん辛くなってきている。

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2016年3月14日 (月)

「子育て支援士」たちケーキバイキングに挑戦。いくつ食べた?

 ジャーン。ケーキバイキングです。子育て支援士 6期生と7期生が挑戦をしました。

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 場所は、サンシティ越谷に近い、イタリアンの「赤いくつ」。最初は6期生が、資格取得後の懇親会に利用。お約束は、主食のパスタかピザから1人1つを選ぶこと。ケーキは、ドリンクは食べ放題、飲み放題。残したらペナルティあり。22016116_3

 「ケーキを食べまくるぞ!」の勢いはよかったけれど・・・・・ケーキが大きい!徐々にお腹がいっぱいになってきて、ケーキ1つでギブアップの人、2つで未練たらたらやめる人、3つ食べた人(うち1名は弘田先生)が2人。結局、10人で20個食べました。

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 この話を7期生にしたら、「挑戦してみたい」という。「私たちは、もっと食べられるかもしれない」という。

 来ました、来ました10種類の山盛りのケーキです。さて、どれから食べましょう!ケーキを全種類食べたくなって、3等分づつし、全部のケーキを食べました。6人で、ケーキが16個。

 たくさんケーキを食べてもいい状況にあっても、以外に、食べられないものですね。それもそのはずで、ケーキのカロリーは、ご飯一杯分もあるそうです。

 「2食分を食べてしまったの!?」・・・・・・まぁ-1年に一度くらいは、いいですよね!

 下は12月26日に、弟7期の受講生たちと食べたケーキ。多国籍ダイニング「パンゲア」で作ってもらいました。

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2016年3月 2日 (水)

赤羽のカフェ「小さな家」は、不思議なカフェ。

  開催から7年。100名以上の「子育て支援士」が誕生している「子育て支援士」養成講座。その共同開催者である、弘田栄子おばちゃんが、2015年4月に赤羽にCafe「小さな家」を開きました。開店当初は、多くのお祝いの人や花に囲まれて、ご満悦だった。

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 ところが、カフェだとしたら、不思議な現象がいくつかある。 私が遊びに行くと、オープンの看板を外してしまうのだ。「人が来たら困るでしょう」ってカフェなのに。

 しかし、困るような事態には遭遇してないらしい。お客さんがほとんでみえないようなのだ。それでは採算が合わないと素人は思うが、経営者はさほど気にしている風もない。これが最大のミステリーだ。

 レジはシビアだ。しかし、「このきゅーり安くしとくから持ってきな!」的な所がある。気がつくと、デザートを数種類食べていたりすることがある。Dscn1532_2

 このカフェ。今度は、リニューアルオープンで、事務所になるという。さらに、軽食がとれるカルチャースクールもするらしい。私的には、カフェだから、コーヒーも出して欲しいなぁ~

 興味のある方は道路を通リながら、中を覗いてみてください。覗き見OK。ホームページの覗き見もOKです。

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 おお~っと、場所を教えましょう。赤羽駅東口より徒歩8分。ララガーデン通り。ダイエー(果物屋さんの横)を左折。直進。赤羽教会⛪の前にあります。

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 歩くのが苦手な方は、地下鉄 南北線・埼玉高速鉄道の赤羽岩淵駅からなら、徒歩4~5分です。一番出口を出て、信号をスーパー「イオン」に向かう。そのまま直進して、3つ目の通り(歩道橋の手前)を右に曲がると、赤羽教会⛪が見える。その前です。

 さて、弘田栄子おばちゃんの正体は、何者でしょう?

 

2016年2月 3日 (水)

戦後70年は広島市で。修道高校を訪ねる。

 戦後70年は広島市で。あの原爆投下で死の街となってから、70年だ。古い話のようだが、私が生まれる数年前のこと。川の多い綺麗な街は、復興されていて、当時の面影を探すことすら難しい。

 

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 広島市は、市内をいくつもの川が流れる。京橋川沿いに、オープンカフェがあり、川風を感じながら紅茶を飲むことが出来る。後ろを市電が走る。

 泊まった「グランドプリンスホテル広島」からは、瀬戸内海の島々が見えた。この街は、瀬戸内海に面しているのだ。ホテル内の船着き場から、厳島神社の宮島に向かう。島では、鹿が出迎えてくれて、夫のポケットからはみ出ていた一万円札を、食べてしまった。こういうことは、よくあるらしい。世界遺産効果か?外国人が多い。牡蠣と穴子がおいしい。 


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 旅の最終日に、市電で中高一貫校の修道高校に行ってみる。ミュージシャンの吉川晃司も在籍していた高校だ。朝日新聞社刊の自分史にも書いたが、私の高校時代の恩師は、この高校に奉職していて、28才でこの地で亡くなった。シャッターを押す夫が「この高校に知り合いがいたって、誰?」と聞く。

 40数年前、大学3年生の私は一人でこの地を訪れた。そのときは、どんよりした空気が街をおおっていたような気がしたけれど・・・・・・・                Photo_5

 広島の街は綺麗で、人はやさしくて親切。修道高校の生徒は、純粋でフレンドリーで、スポーツや勉強に熱心で。こんなに人も自然も豊かで、あったかい所に先生は住み、亡くなったんだ。よかった、広島に来て。私が思っていた「冷たい所で先生は亡くなった」という思いが、訂正できて。                            

2015年8月28日 (金)

自分史って、本当にブーム?「自分史を書こう!」の講座を開く。

 さいたま市の男女共同参画施設で、自分史を書こう! の講座を開催しました。
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 今、自分史ブームといいますが、本当にそうなのか?疑問が残ります。というのも、昨年度当法人で「わたし記念館を作ろう!」という講座を開催したのですが、新聞広告を出すも、参加者は1名。それも当法人の会員でした。 

 

  この日は、自分史活用アドバイザーの私が講師。ゲストは元講談社の編集者・古内晋典さん。だというのに、この日みえてくれたのは、子育て支援士7名とイベント関係者4名。古内さんは書き手としても、人の書いたものをみるのも、おしゃべりもプロだ。なのに、得意の弁舌をふるっても、聞いている人が少ない~~~

 古内さんは、私が週刊ヤングレディの記者をしていたときの担当者です。当時は、作詞家のなかにし礼に似ていて、こころときめくような方だったのですが・・・・・無情にも時は流れます。今では猫に、もてているらしい。1977

 

 一番盛り上がったのは、施設の入っているホテルのレストランで、フランス料理のコースを食べているときだなんて。高いワインを飲んで、美味しいデザートを食べて。

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 おしゃべりは楽しいけどさ・・・・・携帯メールあんなに熱心にうって、書くことも好きなんでしょう。話すことも書くことも、自分を解き放すこと。自分で自分を「浄化できる」って知ってた?だから、マイヒストリーを書いてみようよ。きっと、楽しいよ!

 

 

2015年2月17日 (火)

朝日新聞社で「自分史作成講座」を受講する

P1060825_3自分史を出しました。それも10冊、それも朝日新聞社で。それも代金をお支払いして。  

年齢も60歳を過ぎると、いろいろと考えるものです。必死で生きてきた人生を、振り返る余裕が出て来るものです。そうして、人生の中間地点ではあるけれど、「ここらで人生をまとめておこうか」と、思うものです。

飛行機に乗るたびに思う「もしかして、飛行機が事故ったら!」や、家を出るとき思う「このまま帰って来られなかったら、どうしよう」の事態になっても、マイヒストリーが残してあれば、安心です。私の人生は、自分史の中に残っているのですから。

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朝日新聞社の自分史講座は、休日の月曜日に全4回。最後は、飲み放題、食べ放題付の出版記念パーティです。会場は、天皇・皇后陛下がいらしたときに使用する、朝日新聞社内の「レセプションルーム」。ビルの13階、次の間つきの高級感あふれるフロアーです。



二人に一人、元記者などがつき、文章や構成の指導、テーマの絞り方や、クライマックスの作り方などを教えてくれます。校正はもちろん、文章の裏を丁寧にとってくれます。そして、事務局の担当4名が若手の好青年(?)揃い。私は、若い朝日の職員がひどく気に入り、いろいろ用事を作っては、話かけていました。これにより、私の制作がおくれたご迷惑をおかけしたことを、お詫びします。              
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いやぁ~楽しかったなぁ~自分史作成講座。

朝日新聞社の建物内に入れたし、一生かかわることがないと思っていた、朝日新聞の職員と親しくお話することができました。

海外旅行一回分お値段ですよ。おおこのセレブ感!この満足感!

あなたもお試しあれ!

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