旅行・地域

2016年10月18日 (火)

熊本・大分地震から4か月の由布院温泉

Dsc02300
熊本・大分地震から4か月後の由布院温泉。
気になって出かけてみる。
 
地震の被害は、それほどでもなかったらしい。
由布院民芸館にある、築150年くらいの庄屋屋敷の建物も無事だったようだ。
Dscn5364_2
 
しかし、衝立で一時的に補強してある建物は、入るのに勇気を要した。
商品のお酒やドレッシングなどのビン類は、ほとんで落ちて、割れてしまったようだ。
ただ、夜中の地震だったので、働いておられる方にお怪我がなくて、本当によかった。
 
何もできないので、せめてとガラス製のコップと小さなサラダボールを買う。
 
 
Dsc02328_4
Dsc02337_2
Dsc02341_2
白馬のシロが引く辻馬車に乗った。ぱかぱかと1時間ほど走る。もちろん、「信号待ち」もする。普通の道では、車の方が、シロが通るまで「シロ待ち」をしてくれる。シロは食用にされてしまう所を、御者の佐藤さんが救い、調教したそうだ。シロは、毎日佐藤さんと暮らしている。
 
 
ゆふいんフローラハウスのはた織機で、マフラーを4時間で編んだ。金鱗湖の側の亀の井ホテの天井桟敷という喫茶店では、福山雅治のようなウェイターに遭遇した。
 
 2016823
シンボルの由布岳がどこからでも見える由布院温泉は、小規模の高級旅館がウリだ。ビルでないので、宿泊客は少ない。ので、一人ひとりに作り立てを持ってきてくれる。手がこんだお料理を、暖かいまま食べることができる。
 
 
そのうえ、無色透明のなめらかな温泉、湯加減が最高!。湯出量が全国2位の、豊かな温泉。泊まった彩岳館は、3つの源泉を持つ。入ると、どどっと湯があふれる。正面に由布岳がある宿の露天風呂は、100人は入れるくらい広いのに、ほとんど人がいない。あぁーもう最高!
Dscn5323_2
 
 
高級すぎて、一生行けないと思っていた由布院温泉。今回の地震を受けて国の復興割引で(30,000の補助)行くことができた。
Dsc02319_2
 
 
私の好きなシンガーソングライターの伊勢正三の出身地、温泉県大分(彼は、津久見市出身)は、とてもよい所だった。3泊したのに、帰りたくなくて困った。
そして、地震の被害がたいしたことがなくて、本当によかった。
 
熊本は、10/8に阿蘇山が爆発して、今も大変そうだけれども。
 
 

2016年8月15日 (月)

新潟・酒田・金沢で芸者遊び比べ。

Dscn4623 新潟市花街茶屋(旧齋藤家別邸)で、芸者遊びを体験した。ただ舞を見ているだけかと思ったら、菊乃さん、かほりさんとお座敷遊びをさせてもらえた。酒樽をトトンがトンと叩いて、じゃんけんをする。負けた方が一回転。そして、また勝負。あいこだと両方が回る。3回負けたら、罰でお酒を飲むそうだが、こちらは、次の人と交代だ。 
 
 その一か月後、TVのブラタモリで、タモリが同じことをやっていた。Photo_3 同じことをやっても、私とでは、動きが違う。タモリの低い姿勢を見て欲しい。タモリは、この姿勢で一回転をするので、早い!
 
 
 それに、私は3,000円、28名さんの芸者遊びだったけど、料理屋さんがなんとなく豪華だ。タモリの方は、格式のある料理屋さんと言っていたけど、いくらくらいだったんだろ?
 
  気がのってきた所で、次の日は酒田に行ってみた。こちらは相馬楼で舞娘演舞を見る。舞娘のかれんな踊りにうっとり。こちらは1,000円。料金が安くなるほど、みごとな部屋のしつらえはどうしてなんだろう。畳の半畳は、ますます繁盛するようにからきているそうだ。
                    Dscn4562
 おまけに、2年前に行った金沢のひがし茶屋街。今も現役のお茶屋・懐華楼。ここには、芸者踊りのサービスはなかったけれど、観光客は多かったなぁー
 
 
P1060231
  新潟は、祇園・新橋と並ぶ3大花街。地元企業の応援などもあり、昔を今に引き継いでいるのが嬉しい。芸者になる前の娘を、昔は半玉と言っていたけれど、今は玉代(花代)が同じ額になったので、振袖さん、留袖さんというそうだ。
 
 お茶屋は非日常なので、台所はない。食事は仕出し屋さんからとって出しているそうだ。私には、細身で、ゆったりとした立ち振る舞い、愛嬌のある話しぶり、白く厚塗りしても志村けんのバカ殿さまにならない娘たちが、非日常にみえる。
 
 

2016年4月20日 (水)

2年前に行った熊本の地震。中国の大連で知ったよ。

P1050382_5  熊本へ行ったのは2年前のちょうど今頃。みかん系がとてもおいしかった。井上揚水の歌のような「リバーサイド ホテル」に泊まった。街の中心に熊本城があり、城を取り囲むように市役所などがあった。

 市電が通り、市電に乗って「水前寺公園」に行った。水前寺公園の水が、地震の影響で枯れたそうだ。あんなに豊かだったのに。 想像以上に大きい街で、企業がたくさん進出していて、豊かないい街だった。

 その熊本で、地震があった。第一報は、中国の大連行き(霧の影響で、フライが1時間半遅れ)の飛行機を待つ、成田空港で聞いた。2回目の本震は、大連駅の側の九州国際ホテル(旧ラムダホテル)で、朝食を食べながら新聞を見て知った。

Photo_2

 日本の地震を海外で知るのは、とても奇妙なものだ。そして、衛星放送で日本のニュースを見る。画面の中の人の顔が、横に広い。  Dscn4095

 19日には、大分県中部地方で震度5強の地震があった。大分県の津久見市は、私の大好きなシンガーソングライターの伊勢正三の出身地だ。そこには、正やんのお母さんが暮らしていると思う。

 今は、何が出来るかわからないけれど、カウンセラーとして私にできることもあるだろう。TVのニュースを見るのが、だんだん辛くなってきている。

  P1050400_2  

 

2016年2月 3日 (水)

戦後70年は広島市で。修道高校を訪ねる。

 戦後70年は広島市で。あの原爆投下で死の街となってから、70年だ。古い話のようだが、私が生まれる数年前のこと。川の多い綺麗な街は、復興されていて、当時の面影を探すことすら難しい。

 

                    Photo
 広島市は、市内をいくつもの川が流れる。京橋川沿いに、オープンカフェがあり、川風を感じながら紅茶を飲むことが出来る。後ろを市電が走る。

 泊まった「グランドプリンスホテル広島」からは、瀬戸内海の島々が見えた。この街は、瀬戸内海に面しているのだ。ホテル内の船着き場から、厳島神社の宮島に向かう。島では、鹿が出迎えてくれて、夫のポケットからはみ出ていた一万円札を、食べてしまった。こういうことは、よくあるらしい。世界遺産効果か?外国人が多い。牡蠣と穴子がおいしい。 


10


                

 旅の最終日に、市電で中高一貫校の修道高校に行ってみる。ミュージシャンの吉川晃司も在籍していた高校だ。朝日新聞社刊の自分史にも書いたが、私の高校時代の恩師は、この高校に奉職していて、28才でこの地で亡くなった。シャッターを押す夫が「この高校に知り合いがいたって、誰?」と聞く。

 40数年前、大学3年生の私は一人でこの地を訪れた。そのときは、どんよりした空気が街をおおっていたような気がしたけれど・・・・・・・                Photo_5

 広島の街は綺麗で、人はやさしくて親切。修道高校の生徒は、純粋でフレンドリーで、スポーツや勉強に熱心で。こんなに人も自然も豊かで、あったかい所に先生は住み、亡くなったんだ。よかった、広島に来て。私が思っていた「冷たい所で先生は亡くなった」という思いが、訂正できて。                            

2014年2月 1日 (土)

香港で、一緒のイケメン・カナダ人は、誰だ!?

 香港は、私が行った都市の中で、一番居心地がいい。あやふやな英語が通じるし、お粥がうまくて安い。第一、街が狭いし、日本人が多いので、迷ってばかりいる私と夫は、迷っても打撃がそう大きくない。Photo

 それで、今回で3回目だ。前回は、シェラトンに泊まった。部屋を出ると、すぐ銀座のような街で、いろいろなお店をのぞきまくった。

 

 今回のホテルは、郊外にある、リージェントシーだ。5つ星のホテルで、シェラトンより、格上だ。部屋がめちゃくちゃ使いやすくできていて、快適だ。しかも、部屋から海が見える。 私は、部屋の出窓に寝そべって、海ばかり見ていた。

 

 泊まった二日目、10時くらいに、テラス席で朝食をとっていた。隣の席では、白人が新聞を読みながら、オムレツを食べている。うん、なかなかいい男だ!やはり、こういう高級なホテルは、高級な人が泊まっている。私たちなんて、HISでなければ、とてもこんな所、泊まれなかった! 

 

 気が付くと、広いテラス席は、私と、彼だけになっていた。すると、その人が話掛けてきた。「日本人ですか?」もちろん、英語だ。要約すると、「2週間後に、東京へ講師で行く」という。「何の講師」と聞くと、「モラロジー」だそうだ。思わず、千葉の「モラロジー研究所」を思い出してしまった。2

 プールで泳いでいたら、彼がやって来た。一緒に写真を撮ったけど、とても、疑似ファミリーには、見えないだろうなぁー。くすん。

 

 それから、黄仙寺と、レバレスレイに行った。、レバレスレイから、泊まったホテルが見えた。P1040042

 

 教訓。朝食は、遅くとるに限る。

 

 

 

 

 

 

2013年9月10日 (火)

済州島のお寺へ行く。トンイがいた?

 3泊4日で、済州島へ行く。格安ツアーだけど、ホテルは海の側の4つ星「ラマダプラザホテル」だ。海は、きれいでない。透明感がなく、深さがわからない。P1030742_4


 

 観光地が楽しい。「三姓穴」は、3人の男性が穴から生まれ、やがて、船で渡ってきた3人の女性と結婚し、済州島が生まれたそうだ。ビデオで見て、感激した。

 最終日の集合は15:30で、「チヂミ」と「韓流のり巻き」の昼食にウォンを使い切り、時間はあるけど、やることがない。仕方なく、ホテルの周辺をぶらぶらしてみる。すると、お寺の屋根が見えた。 

 韓国のお寺は、不思議だ。入口に、入れないように、2013_2
棒が渡してある。それで、棒をまたいで入る。少し歩くと、建物の中に、宦官の人形がいる。

 お寺は立派で、2階建てだ。階段がある。ボロいのかと思ったら、しっかりしている。2階から見渡すと、さらにいくつかのお寺の屋根がある。トイレに行きたいと思ったら、トイレまである。中はきれいで、広い。韓国のお寺は、立派だ! 

P1030860 前を見ると、トンイがいる。エンジ色の女官服を着た若い娘だ。白い衣装のチョンス兄さんもいる??? 

 若い女性に、「あーぁ」と、腕をつかまれる。「どこから入ったの?」と聞かれる(多分?韓国語だからわからない)。入った来た方を指さす。どうやら、私たちは裏手から入って来たらしい。二人で「3,000ウォン」と、言われる。しかし、日本円しかない。 

 私と夫が行ったお寺(と思った所)は、「済州牧官衛」で、昔し済州地方の統治をしていた施設を一か所に集め、復元した所だった。トンイの衣装は、料金を取り、貸し出していたのを、見学に来ていた学生が来ていたのだ。観光パンフレットに載ってなかったので、気が付かなかった。 P1030881_2

 日本では、お寺は無料なのに・・・・小銭をかき集め、足りない分は、まけてもらった。

 

 

2012年9月25日 (火)

「子育て支援士」と、消しゴム工場へ

 
「子育て支援士」養成講座も、今日が最後。試験です。

2012922_7


 試験は、ロールプレイ。主催者の、芸達者な弘田先生が、15人のキャラを使い分け、15人の相談をする人(クライアント)になりました。試験を受ける方たちが、話を聴く役(カウンセラー)です。大勢の仲間が見守る前で、実技をするので、受験生は、余計にプレッシャーになるようです。

 それから、八潮市にある、有名な面白消しゴムの「イワコー」に、工場見学。11名が2台の車に分乗し、向かいました。工場へ行かない方は、審査委員の柴田教授と、レストランでトーキング。柴田教授は、50歳を過ぎているというのに、ピンクのシャツが似合う、支援士たちのスター。

                                                                                     2012922_6

 雨あがりで、緑がきれいな道を、車は裏道を通り、走る!走る!しかし、葛西用水の柵が、越谷・草加・八潮と、市ごとに違うのは、なぜ??

 

 1階の消しゴム工場では、消しゴムの歴史などを教えていただき、面白かった。それから、2階へ。社長さんが待っていてくれ、案内してもらった。また、消しゴムを作っては、すぐ中国に真似されることなどを伺った。

 

 同社が、救世主と期待しているのが、スカイツリーとスカイライナー(この差は、わかりますか?)の消しゴム。入手がひどく困難だそうだが、工場では、買えるという。

 

 帰りは、ファミレスで、もらったり、買ったり(半額くらい)した消しゴムを見せ合った。そこには、11個のスカイツリーとスカイライナーがあった!受講生の一人が、社長と知り合いだったので、行くことを決めた工場見学。行って、本当によかった。

 

 フアミレスでオーダーした、メニュー。イワコーにないものは、イワコーに作ってもらうと、写真にとった。あれ、中国と同じ???Photo

 

 

 

 

2011年6月25日 (土)

熱海に行ってきた。お疲れ限界旅行。

P1000707 2011613 熱海bullettrainに、行ってきた。

 私の主催している会が、NPO法人になった。それまでいろいろあり、もう限界bomb。ただ、私は、カウンセラーなので、自分のストレス状態がわかる。だから、開放にいってきた。

 海がpisces見たかったし、温泉spaに入りたかったし、何といっても衰退した熱海が、今の私と重なった。

 子どものころは、夏休みに毎年、家族で「来の宮ホテルbuilding」に泊まりに来ていた。今どうなっているのかと思ったけど、「ない」らしい。

 海岸線と、山に沿っての夜景がきれいだ。今の熱海は、香港に負ける。函館にも負ける。

 船shipに乗って初島へ。潮の匂いが懐かしい。海はこんなに穏やかなのに、暴れることがある。地震の時は、水面が、20センチも上下したそうだ。

 熱海港の前のホテルに泊まって、また、部屋から、海を見る。このホテル、昔は高級ホテルだったのに・・・・hotel熱海後楽園ホテルに負ける。

 誰もいない、ホテルのカラオケルームで、加藤和彦を歌うnote。加藤和彦は、誰に、何に負けちゃったのだろう。        

 ソウルの仁川空港airplaneで、彼の死の3か月前、見かけた。

 ニッポン放送のエレベーターで、二人きりになったこともある。

 彼が生きていたら、熱海で会えたかもしれないのに・・・・

 

2010年11月15日 (月)

龍馬に会いに高知へ「皿鉢料理編」2010年11月16日

P221114_05320101027土佐といえば、やはり「皿鉢料理」だ。

マンガの「おーい!竜馬」で、中岡慎太郎が「皿鉢料理」を作っている場面がある。やはり、食べてみたい。

泊った高知会館で、出してもらった(これで、一人前)。写真ではわからないが、羊羹もあった。

土佐は、「かつお」が、すごくおいしい!

かつおの刺身は、サラダのようにして食べる。と、私は勝手にそう思い、そうしていたが、違った!

大量の薬味と一緒に食べるのだ。ねぎ、玉ねぎ、みょうが、しそ、海草、大根などと。もちろん、キュ―リとトマトも載っている。

そういえば、子どもの頃、かつおを煮たのはご馳走だった。鰹節もよく、削らされたなぁー。飼い猫が赤ちゃんを産み、よそにあげるとき、母は、家で使っていたのより立派な鰹節をつけていた。

そんな時代に、土佐の人は、こんな「皿鉢料理」を食べていたの?

びっくりしたので、龍馬と、乙女姉さんと、記念撮影!

あらぁー???

乙女姉さんが、私より、痩せている!

高知県は、森林が県土の84パーセントを占める、森林王国だという。海に面して16パーセントの陸地が広がっている。

山は近い、海も川も透きとおっている、水はおいしい、食べ物もおいしい。のいち動物公園は、動物が近い!人は人に媚びていないで凛(りん)としている。土佐は、いい所だなぁー龍馬さん!

2010年11月14日 (日)

龍馬に会いに高知へ「桂浜編」2010年11月7日

P221114_03620101025 

龍馬に会いに、行って来た。

もう、降りた空港が高知龍馬空港。バスで高知市内へ向かう途中には、ホテル龍馬、龍馬ケアセンター、龍馬園芸。もう、胸躍る!

 

まずは、桂浜へ。浜は、砂というか、砂の上に小石が多く、歩くのに難儀した。150年前、龍馬も歩きにくかったのかなぁー

龍馬像は大きくて、びっくり。隣に「龍馬と同じ視線で太平洋を見ようと」鉄骨のやぐらが立っていた。登ったが、階段の踊り場が5つくらいあった。

ということは、5階建て?日本で一番大きい、銅像みたい。

それから、山を登って、坂本龍馬記念館へ。

龍馬と桂小五郎(木戸孝允)は、共に江戸の3大道場で塾頭をつとめた剣の

達人だったけど、剣で人と争ったことはなかったという。

記念館の隣には、「桂浜荘」という、国民宿舎がある。部屋がこぞって桂浜の方を見ている。いい所だ。龍馬への気持ちと一緒に、泊りたかったなぁー